沿革
八坂神社のお膝元である祇園界隈は、12世紀にはすでに京の中心地として栄えていましたが、
応仁の乱によってすべてが燃え尽くされてしまいました。
江戸時代に入って、八坂神社や清水寺に参拝する人々でふたたび賑わいを取り戻し、
行きかう人々が一服する水茶屋が軒を連ねるようになりました。
そういった茶店で働く給仕のなかでも、踊りや唄・三味線などでもてなす芸達者な茶汲み女たちが人気となり、
次第に専門化していったのが祇園の芸妓や舞妓の始まりだと言われています。
そして、水茶屋は単なる茶店ではなくお座敷で遊興できる「お茶屋」として、17世紀の中頃には徳川幕府に公認され、
1732年には茶屋株をもつ特別な商形態を許されました。
専属の芸・舞妓を育成してお茶屋に送り出すやかたは「置屋」と呼ばれました。
1881年に、第三代の京都府知事の命で祇園は甲部と乙部の二つに分けられ、
1870年に取り払われた滋賀県膳所藩の広大な屋敷近辺とその屋敷跡地一帯のお茶屋が乙部と指定されました。
祇園乙部は1949年に祇園東新地と名を改め、1955年頃から祇園東と称されて今日に至っています。
東大路と花見小路の間で四条通北側の通り三本(東富永町・中末吉町・新橋)にまたがる地域で、
最近は飲食店やスナックのビルが建ち並ぶ谷間で12軒のお茶屋が営業を続けています。
祇園東お茶屋組合・祇園東芸妓組合
〒605-0073 京都市東山区祇園町北側319
電話:(075) 561-0224 FAX:(075) 561-0225
五花街
花街(かがい または はなまち)とは、お茶屋、置屋、芸妓・舞妓で組合を形作っている伝統的な遊興の界隈です。
芸妓さんや舞妓さんは置屋に所属し、舞いや茶道、お囃子や唄・三味線などの伝統芸能や作法の訓練を受け、
お茶屋や料亭のお座敷、様々な催しでお客様をもてなします。
お茶屋は芸妓・舞妓を(時には会場や料理も)手配して、それぞれの状況にもっとも適した流れになるように見守ります。
京都には祇園甲部、宮川町、先斗町、上七軒と祇園東の五つの花街があって五花街と呼ばれています。
以前は太夫職がいる島原も含まれて六花街ありました。
これらの京都独特の伝統芸能と文化を護り育てるために、
平成8年(1996)に社団法人京都市観光協会と京都花街組合連合会によって
財団法人京都伝統伎芸振興財団(愛称:おおきに財団)が設立され、
様々な花街の保存継承事業を行っています。 <http://www.ookinizaidan.com/>
6月に開催されるおおきに財団主催の五花街合同公演「都の賑い」をはじめ、
各花街で催される年に一度の舞の公演は最も一般の皆様方から注目され、芸・舞妓さんはお稽古に励みます。
毎年春には、4月に祇園甲部の「都をどり」、宮川町の「京をどり」と上七軒の「北野をどり」、
5月に先斗町の「鴨川をどり」があります。秋は祇園東が11月に「祇園をどり」を催します。
祇園東のお茶屋さん
| 福家 | 梅田 |
| 栄政 | 中勇 |
| 叶家 | 岡とめ |
| 田中菜美 | 阿部 |
| ほりたに | まん |
| 繁の家 | 富菊 |
祇園東の行事
| 1月 | 始業式(一月七日) |
| 2月 | 節分の恵方参り(二月二日) |
| 節分八坂神社にて豆撒き(二月三日) | |
| 旧膳所藩観亀神社の二の午祭(同廟内) | |
| 4月 | 平安神宮奉納舞(四月十六日) |
| 5月 | 観亀神社例祭(五月十三日) |
| 6月 | 五花街合同舞踊会(二日間) |
| 7月 | 祇園祭 |
| 御こし洗い(七月十日) | |
| 山鉾巡行(無言参り始まる)(七月十七日) | |
| 花笠行列参加(七月二十四日) | |
| 8月 | 八朔(八月一日) |
| 大文字送り火(八月十六日) | |
| 9月 | 浴衣会 |
| 交通安全週間 舞妓キャンペーン | |
| 10月 | 全国防犯運動 舞妓キャンペーン |
| 時代祭参加(十月二十二日) | |
| 11月 | 祇園をどり始まる(十一月一日から十日まで) |
| 税を知る週間 舞妓キャンペーン | |
| 観亀神社お火焚祭 | |
| 12月 | 南座顔見世総見 KAOMISE |
| 事始め(十二月十三日) |








